ドラマの場面に影響されジュエリーの道へ
ミニ四駆やプラモデルに夢中だった森拓郎さんがジュエリーに興味を持ったのは高校2年生の冬のことでした。
「テレビドラマで、ジュエリーブランドの社長令嬢に恋をする男の子が工場で使っていたボルトを削って指輪をつくり贈る場面があったのがきっかけです。自分がつくったものを人が身につけて喜んでもらえる仕事に興味を持ち、ジュエリー作りを専門的に学ぶため、ヒコ・みづのジュエリーカレッジ大阪の一期生として入学しました。最初はジュエリーとアクセサリーの違いすらわかりませんでしたが、授業は楽しくて仕方なかったですね。面をきっちり出すことや、丸を綺麗に出すことが面白くなり、もっと精度を極めていきたいと思うようになりました」。
卒業後は大手の宝飾メーカーに就職。3年間経験を積んだ後、奥野剛司氏に弟子入りしました。その後、独立。現在は生まれ育った京都・宇治で自身のアトリエ“SAIJO”にて一点もののハイジュエリーを手がける傍ら、宝飾制作の教室も開催し全国から生徒を集めています。
(写真)石留め作業。一点もののハイジュエリーの製作では希少な大粒の宝石を使用することも多く、その美しさを最大限に引き出すセッティングを工夫します。
シミュレーションを重ねて大会に
2021年に開催された第31回技能グランプリには、緻密な準備期間を経て挑戦しました。
「9時間で課題作品を完成させるには尋常でないスピードが要求されます。緊張せずに段取り良く作業するには練習するしかない。11月に課題が発表されると2月の本番まで、まずお客様や取引先に“日本一を獲ってくるので納期を遅らせてください”とお願いし、仕事を休んで収入が減ることを妻にも了承してもらい臨みました。どの工具をどういう手順で使えば良いかを体にしみ込ませる事はもちろん、なるべく本番に近い環境になるよう、当日と同じ服を着て、いつものスリッパではなく靴を履いて練習しました」。
大会の前から緊張はしたものの、成果が実って、見事に金賞と内閣総理大臣賞を受賞。
「日本一のタイトルを獲得できたことで最初はちょっと天狗になりました(笑)。でもだんだん怖くなり、もっと技術を伸ばさないと、と身が引き締まりました。僕のアトリエはフルオーダーの一点物専門なので、お客様のリクエストを形にし、つくりの細部にまでこだわることで自分の味を出していきたい。いいジュエリーをつくり続けて世に知られることで“この人につくってもらいたい”と思わせる職人になれたらいいですね」。
(写真)ヤスリで丁寧に成形。「一生であといくつジュエリーを生み出せるかわかりませんが、一点ずつに気持ちを込めていきたいと思っています」。